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マイナス金利政策解除後の世界(コラム#032)

日本銀行は、3月に「マイナス金利政策」を解除した。「脱デフレ(=低成長)は、日銀が主に担う仕事ではない」ということは、ぼんやりであるが世間にようやく理解されてきたようであるが、今後、仮にインフレが深刻化し、同時に低成長が続くこととなった際には、「中央銀行という組織に何を期待すべきか」が正面から問われることになる。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)




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日本銀行は、3月19日に「マイナス金利政策」を解除した。名前ばかりが有名となった政策であるが、この解除の意味合いと今後の展開について、自分なりに簡単に整理してみたい。


1.金融政策はブレーキ役であり、アクセルにはなれない


 まず、「金融政策の役割」であるが、以前、このコラムでも書いたように、「経済のブレーキにはなれても、アクセルにはなれない」のである。


 高度成長期のように、経済活動が活発なときには、中央銀行は「利上げ」を通じて、経済活動全体にブレーキをかけることをしている。これは、中央銀行が比較的得意とする分野である。また、もう少し経済活動が活発になっても過度なインフレを引き起こさないときには、ブレーキを緩めること(「利下げ」)もしてきている。


 一方、直近の「失われた30年」でみられたように、経済自体が成長する力が極端に弱いときには、いくら中央銀行が政策金利を下げても、それだけで急に経済活動が以前のように活発になるわけでない。金融政策ができることは、ブレーキを緩めるだけであって、経済のアクセルにはなれないのである。エンジンに勢いがあってはじめてスピードが上げられるのである。




 この25年を振り返ると、それにも拘わらず、政治や一部アカデミアでは、「日銀がサボっているから、『デフレ』(=低成長)なのだ」「もっと大胆に金融緩和さえすれば、日本は元気になるはずだ」といった大合唱をして、それ以降も日銀になんでもさせようとしてきた。幸いにして、日本社会では、一時みられた『デフレーション』(=物価の継続的な下落)のリスクはなくなったが、その後も、世間では、日銀は『デフレ』(=低成長)をなんとかすべき、ということを言い続けた。


 そうした期待を受けて、特に黒田体制の10年間には、一段と無理な政策――①とてつもない額の国債の買い入れをする、②政策金利を若干のマイナスにする(「マイナス金利政策」)、③長期金利を人為的に下げる(「イールドカーブ・コントロール(YCC)」)――をしてきた。



(出所:日本銀行ホームページ)


 しかし、中央銀行が緩んだブレーキをいくらさらに緩めても、『デフレ』(=低成長)に対して、大きくプラスの効果が出るわけではない。その意味では、日本は、経済成長を取り戻すために頑張る政策手段を大きく間違えてきたといえる。


 ようやくここ数年で、「どうも、『デフレ』(=低成長)からの脱却については、日銀が主に担う仕事ではなかったようだ」ということは、ぼんやりであるが世間に理解されてきたようである。そして、最近は、いよいよ諸物価が上がってきたことも手伝って(日本は『デフレーション』どころではなくて、『インフレ』になってきているのは周知のとおり)、日銀がこの無理な政策を続けなくてもよい、と考える人も増えてきたのであろう。


 こうした状況の変化から、世間に大きな反発を受けることなく、日銀は「政策金利をマイナスにする」「長期金利を抑え込む」といった、不自然で副作用も多い政策を、ようやくやめることができた。諸外国のように、一気に「引き締め」に転じることはないのだとしても、ようやく普通に短期金利をコントロールする金融政策をできる状態に戻ったといえる。




(出所:日本銀行ホームページ)


2.今後の展開ーーインフレと低成長が続いたらどうするのか


 日本経済を巡る情勢の変化によって、最近、確かにムードは変わった。これまで消費者の目を恐れて価格を変えられなかった企業が、(国際情勢の悪化や、円安による輸入物価の上昇の影響等々もあって)価格改定に踏み切れるようになった。また、賃上げも進み始めた。こうした対応は、硬直していた日本経済を何かしら動かす可能性がある。


 しかし、マイナス金利政策の解除があろうがなかろうが、「低成長経済にある」という日本社会の現状が急に変わるわけではない。政府がいうように『デフレ』(=低成長)からの脱却は出来ていない。したがって、賃上げに見合った生産性の向上、実質的な成長率の改善が実現していかない限りは、こうした動きは一過性のものとなってしまう。


 そうした中、当面の日本経済について考えられるシナリオを、きわめて単純化すると、「①インフレ&そこそこの成長」、「②インフレ&低成長」、「③デフレーション(ないしゼロ・インフレ)&そこそこの成長」、「④デフレーション&低成長」の4パターンとなる。

  

(筆者作成)


 これまでの経済は、長らく「④デフレーション&低成長」にあったといえる。ちなみに、今の情勢からすれば、「③デフレーション(ないし低インフレ)&そこそこの成長」になることは極めて考えにくい。


 政府や社会が今目指しているのは、④の状態にあった経済を、「①インフレ&そこそこの成長」に変えていくことのように見受けられる。もし、インフレと実質的な経済成長の改善とがうまくバランスするのであれば、それはかなり明るいシナリオである。




 しかし、十分な成長を実現する社会になるには、日本はまだまだ大きく変わらなければならない。そして、そうなる保証はなく、むしろ、インフレだけが先行し、「②インフレ&低成長」が続く可能性も相当高いのである。外的ショックが加わればなおさらで、成長率が下がることもあるであろう。


 その場合には、政府・国民は、日銀に対して「『デフレ』(=低成長)をなんとかしろ(再度、緩和しろ)」というのか、それとも、「『インフレ』を退治しろ(引き締めろ)」というのだろうか。「失われた30年」のときのように、日銀にただただ「もっと緩和しろ!」というわけにはいかない。



(出所:日本銀行ホームページ)


 ここで、はじめて日本国民は、「デフレーション」と「デフレ」とは別物であることにきちんと向き合った上で、中央銀行に何を期待するのかを考えざるを得なくなるのである。

 

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