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残業時間は測れないのか~公立教育の働き方改革の不思議さ(コラム#034)

中教審・特別部会では、教員の働き方改革と処遇改善に向け、「給特法」で残業相当額として定められている「基本給への上乗せ水準」を見直すべきと提言したが、より重要なのは、労働時間をきちんと把握・管理し、「給特法」そのものを見直すことである。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)

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 文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会(中教審)特別部会は、5月13日に、教員の働き方改革と処遇改善に向けた審議のまとめ(以下、「対策案」)を、盛山大臣に提出した。対策案自体には強制力はないとしても、そこで示された考え方は、6月の「骨太の方針」や、中教審の答申を経て、来年度の予算の概算要求にもつながることが期待されている。


(注)「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(審議のまとめ)」(令和6年5月13日 中央教育審議会・初等中等教育分科会・質の高い教師の確保特別部会)


 かねてより、学校教員の長時間労働・過重労働は大きな課題となっている。それが、教育現場の疲弊を招くとともに、教員志望者の減少、新卒の教員採用試験の受験者減少にもつながっているとされる。国作り・人材育成の大事な基盤となる、教育の質を保ち、これを引き上げるためにも、教育者の労働環境を見直す改革は待ったなしである。その観点からは、改革に向けた意見が中教審から積極的に出されること自体はとても重要である(注)。


(注)中教審ではこれまで、働き方改革の答申(2019年)や長時間勤務の是正を図るべきとした緊急提言(2023年)なども出してきている。


 対策案の中身は多岐に亘るが、このうち、公立教員の労働時間の管理に関する論点の一部に絞って、気になった点を述べてみたい。


1.まず、教職調整額を「基本給の10%以上」にしていくことの妥当性である。


 公立学校の教育職員(注)については、「教職員給与特別措置法(給特法)」の下で、残業代の代わりに基本給の4%が上乗せされている(「教職調整額」)。今回はそれを50年振りに改訂するもので、今回の対策案で示された中でももっとも話題になっている提言だといえる。


(注)私立学校には当然適用されない。


 給特法が「定額働かせ放題」と揶揄されているように、昨今の公立教員の(平均的な)残業時間は、4%の上乗せでは全くカバーできていなかったことは明らかで、改訂は遅くに失したくらいである。早急に待遇改善の目玉のひとつとして、改訂を実現すべきである。


 ただ、基本給の「X%の上乗せ」の水準については、データに基づいた客観的な検討が必要である。筆者は、勤務実態を承知しておらず、どの水準が適当であるのかについての意見は差し控えるが、予算制約から検討するのではなく、現場の状況を正しく踏まえた上で見直をしていくべきである(注)。また、役割加算等は検討されるとのことであるが、一律の引き上げは悪平等ともなる。要は、実態に即した処遇改善を目指すべきである。


(注)月平均の残業時間(推計)は、文科省の2022年調査では、小学校では約41時間、中学校では約58時間となった。その他、持ち帰り残業を含めれば「過労死ライン」とされる月80時間を超える状態が続いているといった調査もあり、いずれも過酷な労働時間の実態がうかがわれる。



2.次に、残業時間の認定の考え方そのものである。


 現場の公立教員は「働いた分だけ残業代を支払う」仕組みに抜本的に改正を求める意見が根強い。至極当然である。一方、報道によれば、中教審では、残業時間を正確に把握することは困難だとして、今回も改正に向けた提案を見送ったとのことである。


 ちょっと待ってほしい。当たり前のことだが、私学の教員は、労働基準法に基づいて、残業代や休日出勤手当を支給されている。この単純な事実をみるだけでも、「給特法」を令和の時代まで維持しているのは、怠慢としかいいようがない。対策案では、公立と私立学校との仕事の違いについて縷々述べているが、残業管理をしないことを正当化するものではない。


 そもそも、勤務時間・残業時間を把握せずに、どうやって個々の教員の勤務をマネージしているのだろうか。組織運営をする上では、労働者が効率的に働いているのか、業務が多すぎないか、健康に支障ないかたちで働けているのか、いろいろな観点から、労働者の総労働時間や残業時間をマネジメント側が正しく把握することは、基本中の基本である。



 対策案では「どこまでが職務で、どこからが職務ではないのかを精緻に切り分けて考えることは困難」(p.49)・「教師の職務等の特殊性を踏まえると、通常の時間外勤務命令に基づく勤務や労働管理、とりわけ時間外勤務手当制度には馴染まない」(p.50)などとしているが、どんな業界でも、どこまでが業務に関連した残業なのか、グレーな部分は当然出てくる。


 そうした中でも、役所や私学を含め、他の業界においては、制度面・運用面での工夫と、経営側と現場との意識合わせとを通じて、労働時間・残業時間を「正しく」把握してきている。公立教育の世界だけができないはずがない。


3.やや細かい論点になるが、「勤務インターバル」といった諸提言のあやうさについても、あわせ指摘したい。


 「勤務間インターバル」というのは、生活や睡眠の時間を確保するため、退勤から次の出勤までの休息時間を明確にする制度である。これは、他の職種でも採用や導入の検討がなされているものであるが、これを推進すること自体に反対はしない。今回の対策案では、この休息の時間は「11時間」を目安として推進すべきとしている。


 でも、そもそも、正確な残業時間が把握できていない、ましてや、持ち帰り残業が当然視されている職場において、どうやって、まっとうな働き改革を実現しようとするのか。労働時間を把握するという「基本中の基本」を怠って、枝葉の改革をしようとしても、絵に描いた餅としかいいようがない。

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 公立教員の処遇改善を急ぐという点では、まずは給特法における基本給の上乗せ幅の「X%」を引き上げることは重要ではある。しかし、抜本的に見直すべきなのは、「残業時間を正しく把握できない」としている公立教育のあり方である。旧態依然とした勤務管理体制を改める時期に来ている。


 今回の対策案で、中教審自身も、「時間を管理することが学校における働き方改革を進める上で全ての出発点で必要不可欠」(p.21)としている。公立教育の関係者においては、強い危機意識をもって、組織風土を変革していってほしい。

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