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異次元の少子化対策は月々500円で実現できるのか(コラム#031)

少子化はいよいよ深刻化している。「結婚しない、子供を産まない」ということも一種の「ノルム」(社会的規範)にさえなってきており、危機的な状態にある。国民負担を増やさないような小規模な対策をとっていては、ノルムは変わらないのだから、もっと激しくインパクトのある対策を打ち出すべきである。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)



 少子化はいよいよ止まらなくなっている。2月27日の厚労省の発表(速報値)によれば、2023年の出生数は75万人となり、前年(速報値)と比べ5%以上も減少した。


 物価や賃金については、バブル崩壊以降、全然上がらないことが「ノルム」(社会的な習慣や規範意識)となって、だから、なかなかデフレ状態から脱することができなくなっている、と巷間いわれているが、「結婚しない、子供を産まない」ということも一種の「ノルム」になっている。コロナ禍で、結婚や妊娠を控える動きが加速したが、いよいよ危機的な状態になっている。



(筆者作成。原データ:厚労省)


 昨年12月には、岸田政権の下での包括的で「次元の異なる」少子化対策が打ち出されたが、これが大きなインパクトを世の中にもたらすことはとても期待できない。社会の構造や環境を大胆に変えない限りは、人々の行動は簡単には変わらないのである。


 病気に対処する際には、適切な検査・診断・処方が必要となるが、政策においても同様である。一連の政策対応の何が問題なのか、私見を述べてみたい。



 少子化の主たる原因は、大きく言えば、若い世代において「お金がない」ことと、「時間がない」ことである。さらには、「出会いがない」「将来への明るい希望がない」といった要素も加わっているであろう。上記の通り、「結婚しないこと」「子供をもたないこと」が一旦ノルムになってしまうと、(結婚・出産は、個々人が自ら選択すべきことであるので)若い人にそうしたことを奨励すること自体が憚られるような社会の風潮になってしまう。こうやって、ますますノルムが強化される。それを打破するには、異次元の対応が不可欠である。



(筆者作成)


 今回打ち出されている一連の政策は、(1)まずは、支援対象が、子育て世帯が中心となっている点で、力点がずれている。アカデミアでの研究の蓄積、EBPMを活かした政策対応とは思えない。常識的にいって、一番必要なのは、若い世代の就職支援・生活支援であり(「お金がない」「将来への希望がない」への対策)、そして結婚に向けた様々な側面支援(「お金がない」「出会いがない」への対策)であろう。こうした分野にこそ、思い切った財政投入をしたり、制度の見直しをしたりすべきである。


 また、(2)すでに結婚したり、子供をもったりしている世帯についても、現金給付等を薄く広くしたところで、「もう一人産もう」とはなかなか思わない。人々の行動変容を起こすには、経済的な点でも制度的な点でも、激しくインパクトを持った対策が必要である。


 (3)そして、これらを実現するためには、税制の見直しを含めた、思い切った「再配分」や「財政措置」が不可欠である。政府は、少子化対策を打ち出す前に、「国民負担を増やさない」ということを約束してしまい、自縄自縛に陥ってしまった。痛恨である。




 「一人当たり、月平均500円の社会保険料の上乗せ」といった稚拙な説明、弥縫策で対処しようと思うから、「収入によっては、1,000円以上になることもあるのではないか?」といった、ピントのずれた議論が国会でなされてしまうのである。野党も情けない。議論すべきところはそこではない。


 東日本大震災やコロナ対策では数十兆円規模の国債発行等を行って対応を進めたが、少子化の進展は、国家存亡の危機なのだから、さらに思い切った措置が必要である。例えば、「3年間で集中的に対策を行う。そのために、30兆円規模の国債発行を行い、それを「すべて」若者の経済支援・結婚出産支援だけに振り向ける」といった政策を打ち出したならば、世の中の雰囲気、ノルムは多少変わった可能性があった。つまり、少子化対策については「Go Big」という大方針を思い切って打ち出しながら、財政規律とのバランスをどうとるかについての価値判断を、与野党で真剣に議論し、国民に問うべきであった。




(筆者作成。原データ:厚労省)


 むろん、筆者は、放漫財政は厳に慎むべきであると強く思っている。ちなみに、東日本大震災では、復興財源の確保を目的として、「復興特別税」というものを作って、所得税・住民税・法人税に上乗せする形で25年かけて徴収している。筆者の知る限り、そういった議論は、今回の少子化対策の検討段階ではなされなかった。残念である。


 少子化の原因は多面的であり、だからこそ、対策ももちろん簡単ではない。ましてや即効性のあるものばかりでもない。しかし、だからといって、手を拱いていては国が滅んでしまう。今のように、「次元の異なる対策」と口ではいいながら、実質的には、ちまちました対応をし続けているのは、最悪手である。ノルムは全く変わらず、ノロマなだけである。

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